介護でGO!

こんにちは、kay(ケイ)です!
私、50歳を目前にして
とうとうこの日がやって参りました。
そう、それは
「親を介護する日」です。
あ、今のところ
そろそろ考え始めなきゃ、
という程度ですので
どうぞご心配なさらずに。
しかし、色々と具体的に
あげつらってみると、
本当に初めてのことばかりで
何からするべきなのか。。。
私のウチ、F家は
サラリーマンを務め上げた父と
専業主婦でしっかりと家を守った母、
ドリフでお馴染み、
「バカ兄弟」を彷彿とさせる
アニと私の4人構成でございます。
典型的な昭和の中流家庭で
特になんの不自由もなく
当たり前に家族の中で
成長して参りました。
しかし大人になってから
ものがわかってくると、
ウチはあんまり大事な事を話し合わない、
ということに気がつきました。
仲が悪い、というのではなく、
余計なことを言わない。
の度を超えたバージョンかな、と。
もちろん相手の事も気にしていますが
皆、それぞれに考えるだけで
誰も口に出さない。
家族なのにこれじゃイカンなあ、
と思う私はチョコチョコと
自分の意見を言ってみるのですが
皆のリスポンスは薄い。
これを機会に
家族内のコミュニケーションを
円滑にするために、
そろそろ始まるであろう
F家の介護事情を客観的に
レポートしてみようと思います。
今日もお付き合いください。
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父の意地と娘の意地

父は病院が大嫌いです。
今までに大病した事も2回しかなく
普段はよっぽどの事がないと
病院には行きません。
けれど8年くらい前から
脊柱管狭窄症を患っており、
やはり少しずつ状態が悪くなって
痺れと痛みが抑えられなく
なってきたそうです。
「痛い」と「ツライ」は
絶対に口にしない彼は
よほどガマン出来なくなったのでしょう、
「話を聞きに」病院へ行って
そのまま手術の日取りを
決めて来てしまったのです。
「なぜ家族に相談する前に日程を決めたのか?」
という娘の問いに
「2週間で元通りって医者が言ってたもん。」
と返す父。
ああ、噛み合わない。。。
埼玉在住の両親。
一方、私と兄は
神奈川と東京にいて
普通に働いているので
できれば事前に
十分な準備の時間を取って
万全の態勢でサポートしたい。
つまり、段取りは若手に任せて
こっちのペースでやらせろ。
と、ホントは言いたい(笑)
腰の切開手術と聞けば、
「オオゴト」と思う家族と
「医者が言ってた」の一点張りで
「穏便に」済ませたい父。
齢八十三にして
子供の世話になりたくない、
という父の意地と
五十路を前にして
もう子供じゃないんだから少しは頼れ
という娘の意地の
ぶつかり合いが
静かな火花を散らします。

とりあえず、何が必要?

しかし、どうして
今現在、実家を離れている私には
二人の暮らしが見えません。
あの、古い家で毎日
布団の上げ下ろしをして
寝起きしている両親を思うと
「まず、ベッドじゃない?」
と、先走り
父の気持ちをよそに
アニとどんどん決めてしまおうとして
父のヒンシュクを買ってみたり
「介護認定」って出来ないのー?
と思いつき
とりあえず申請書をダウンロードしてみたり。
帰省できる日にちや時間に
限りがあるため、
やれることは全てやってしまいたい。
と、ソワソワした気持ちで
過ごしていると母から電話があり
「あたしの方が具合悪い!」と
急なかまってちゃんを出して来たり。。。
なるほど、
83歳と80歳の夫婦というものは
どっちか倒れたらヤバイのだな、
と思い知らされております。
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やる事を全部書き出せ!

とにかくもう、
話し合いなんかムリなワケ。
だってウチ、そういうの
やってこなかったんだもん。
みんな違ってみんなイイ。
は、老々介護になると
まるで役に立ちません。
いっこも、まとまらないからね。
で、ワタクシとりあえず
「やらなきゃならん」事を
一回ぜーんぶ書き出してみました。
私がインターネットや電話でできる事と
実家に帰った時に両親に
お伺いを立てながら手をつけていく事。
分けて考えて、まずできる事を
ドンドン進めていこうじゃないか。
自宅でできる事は、ヒジョーに淡々と
粛々とこなしていってみよう。
そうすれば、
次に実家に帰った時に
多少は気を長く持って話せるかも知れません。
理想は両親の考えを尊重し、なのですが、
それじゃあコトが進まないんです。
もっと早く向き合うべきだったのか、と
心底反省しておりますが
みなさんはご家族とこういう話、
出来ていますか?

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